居場所が失われる毎日。コロナ禍で沁みる、chelmicoが届けた「日常」の尊さ

コロナ禍、そしてメンバーの妊娠という変化の中にある2人が今、届けたい音楽とは――。

等身大の感情を心地よいリズムに乗せて歌う楽曲で人気を集める女性2人組ラップユニット、chelmico(チェルミコ)。楽曲はCMやアニメの主題歌にも数多く起用され、彼女たちの音楽に一度は触れたことのある人も多いだろう。2021年4月に配信リリースした新アルバム「COZY」(コーズィー)には、何気ない日常を愛おしむ気持ちを詰め込んだ。コロナ禍、そしてメンバーの妊娠という変化の中にある2人が今、届けたい音楽とは――。

chelmicoのRachelさん(左)とMamikoさん
chelmicoのRachelさん(左)とMamikoさん
Junichi Shibuya

ユニットを組んでデビューする以前から、仲のいい友達同士だったRachel(レイチェル)さんとMamiko(マミコ)さん。仕事以外でも、2人で過ごす時間は多かった。

「カラオケに行ったり、居酒屋でおいしいご飯を食べながらおしゃべりしたり」(Rachelさん)

「昼間の公園でのんびりしたり、クラブでのライブ出演の合間に、近くの駐車場で道行く人を眺めたり」(Mamikoさん)

アルバムの表題曲「COZY」のミュージックビデオには、そんな穏やかで他愛ない光景が小刻みに差し込まれている。新型コロナウイルスの感染拡大という、経験したことのない危機にさらされる私たちの社会。ビデオに映る2人の大切な日常は、聴き手一人ひとりの日常とも重なる。失われてしまったものを思い出してふと痛む心に、「生きてるだけで万々歳」「硬く結んだリボンをほどくように行こう」というリリック(歌詞)が沁みてくる。

LINEやビデオ会議システムなどのツールをうまく活用することで、オンラインでのやり取りが増えても、楽曲制作への悪影響はほとんどなかったと振り返る2人。でも、多くの人が当たり前に持っていた「居場所」が次々と失われていく現実に、打ちのめされるような気持ちになったことが何度もあった。とりわけ、chelmicoとしてよく出演していたライブハウスが相次いで廃業に追い込まれてしまったことは「とてもショックだった」と口を揃える。

「みんなが集まる居場所だった。私たちchelmicoだって、もっと若いアーティストだって、その場所で育った。流行のようなものだってすべてそこから生まれていたんです。それなのに、こんなにあっけなく消えてしまうなんて信じられませんでした。悲しいけれど実感が湧かなくて、『もしあの場所まで足を伸ばしたら、今も変わりなく営業しているんじゃないか』って、つい考えてしまいます」(Rachelさん)

Rachelさん
Rachelさん
Junichi Shibuya

生のライブ自体が開催できなくなったことも、大きな打撃だった。

「私もRachelも、もともとは人前に出るのがあまり好きではなくて、ライブに苦手意識があったんです。でも、場数を踏んでいくほど、応援してくれるファンの子たちと会えるのが楽しくなってきて。『ライブは私たちとファンの皆で一緒につくっていくものなんだ!』という感覚もつかめてきたところでした。『ここからどんどん頑張っていくぞ』と調子を上げていたタイミングでコロナ禍に見舞われてしまったから、エネルギーを向かわせる場所を一瞬見失いそうになりました」(Mamikoさん)

「オンラインのライブも、コメント欄で皆の言葉を文字として受け取ることができるなど、新鮮な楽しみはあります。シャイで声を出しにくい人たちは、思いを表現しやすくてうれしかったりもするのかなあ。でも、『好き!』って言ってくれる人たちがリアルで目の前に集まってくれている生のライブ空間って、やっぱり特別なんですよね。私たちも『好き!』って気持ちでいっぱいになって、救われる。気持ちを伝え合うことで、前向きになれてた。生のライブができなくなって初めてそのことに気付いてしまって、つらかったですね」(Rachelさん)

chelmicoのRachelさん(左)とMamikoさん
chelmicoのRachelさん(左)とMamikoさん
Junichi Shibuya

居場所が突然失われたり、人と人との間に距離を保つことを強いられたり……。急激な変化に適応しようと懸命にあがきながら、2人と同じようなやり切れなさを感じていた人は多いに違いない。

「COZY」は、そんな一人ひとりへの優しい応援歌だ。

肩の力を抜いて居心地よく、という意味を持つ「COZY」という言葉。「コロナ禍の影響もあって、緊張したり、心が縮こまるような思いをしたりすることは多いと思う。でも、不本意だけれど立ち止まらざるを得ない状況になって、個人的には、自分自身と素直に向き合う時間を持てた面もあるんです」とMamikoさんは話す。

居心地がいいとはいえない時代だけれど、あえて気持ちを緩めてみることで、ふわっと視野が広がることがある。現状を乗り越えるヒントや、目指すべきあり方が見えてくることもある。「心の奥の 何がしたくて何が好き? 問いかけてみてもいいんじゃない」――リリックの一節に、chelmicoなりの提案を込めた。

Mamikoさん
Mamikoさん
Junichi Shibuya

2人のキャリアにはもう一つ、大きな変化があった。Rachelさんの妊娠が分かったことだ。

「どうしようっていう気持ちが半分、何とかなるはずだっていう気持ちが半分。1分ごとにネガティブな自分とポジティブな自分が入れ替わっていました」とRachelさん。子どもを授かるのはもちろん喜ばしいことだが、2020年秋に予定していたオンラインライブは結果的に中止するなど、年単位で計画していたアーティストとしての活動は、軌道修正を余儀なくされたのも事実だった。

Mamikoさんに打ち明けることさえ、2~3日悩んだ。それでも意を決して伝えると、Mamikoさんも周囲のスタッフも、Rachelさんを支える体制づくりへ、率先して動いてくれたという。

「出産前なのに、最近は周りの皆のほうが『現場に子どもを連れてくるなら、こういう抱っこ紐がいいらしい』とか『チャイルドシートは車のどこに載せる?』とか前のめりで調べたり、盛り上がったりしてくれていて。最初は、アーティスト活動と子育てを両立できるのかとても不安で、緊張していました。でも今は、まみちゃんとチームの皆がいれば、きっと大丈夫だと思えるようになりました」(Rachelさん)

「身近に出産を経験した人がいなかったから、Rachelの不安は大きかったと思うし、これから悩むこともあると思う。でも、ただ健やかでいてくれたら音楽はつくれる。出産でお休み中は、お互いに一人の時間が増えることもありそうだけれど、そんな時期だからこそできることもきっとある」とMamikoさん。「何が起こるか分からないけれど、お互いに頼り合える関係があれば、きっと楽しんで乗り越えていけるよ」と笑う。

緊張をほどいて。くつろげるフィーリングで。コロナ禍で生まれた「COZY」は、これからの2人のキャリアに寄り添う応援歌にもなっていきそうだ。

chelmicoのRachelさん(左)とMamikoさん
chelmicoのRachelさん(左)とMamikoさん
Junichi Shibuya

(取材・文:加藤藍子@aikowork521 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko

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